スマイリー

「藍さん」



「だから、先輩って呼べって…まぁいいか、ふたりしかいないし。何?」



意地悪で面倒くさい“ブラック藍”から、部活に熱心で面倒見のいい普通の藍に戻ったら、透き通った彼女の美声も本領を発揮した。



聞き慣れてはいるが、鐘を鳴らしたような彼女の綺麗な声は、脳の感覚中枢を直接ハンマーで殴るように刺激する。



リアル過ぎる光景と感覚、藍の整った顔と美声とのコラボレーションを前に、進は心の中で唱え続ける。これは夢だこれは夢だこれは夢だ…



「もしも、もしもですよ」



「だから、何なのよ」



「俺が未来から来たって言ったらどうします?」



「じゃあ、この時間平面上には、進が2人いるってことになるわね」



進の話を全く信用していないことがすぐに分かるような言い方だった。確かに未来から来たわけではないのだけれど。



「いや、多分俺ひとりしかいませんけど」



「なんで?じゃあ現在の進はどこよ」



「ええっと…じゃあ、まぁ、それも俺です」



「あんたが未来人でも地底人でもこの際関係ないわ。このゴミ溜めみたいな部室が片付けばね。口より先に手を動かしなさい」



藍はテーピングの屑を丸めて、進の背中にぶつけた。



「…はいはい」



進は目線を落としてそのテーピングの屑も拾ってゴミ箱に投げ入れた。