「モルガの砦に、ウーダンという者がおります。ジュカイの村のボルゾイの部下だった男です。
トガチの軍にはジュエの出身の者もおりますが…」

言葉を濁しながら主の真意を探ろうとする男の心情など省みる様子もなく、ダリルは思案する風に顎をなでた。

「わが領内からでは遠すぎる。急ぎだ。モルガに使いを出せ」

モルガという地名を口にして、ダリルはふと口をつぐむ。

「そうか…」

無意識にもれた言葉に、跪いた男が顔を上げるが、ダリルはもうその男の存在などなかったかのようにひとり過去の記憶を呼び起こしていた。

(覚えがあると思ったが、あの時、皇帝を守ろうなどとしてモルガに沈んだ男か。ジュカイのボルゾイ)

己にとって幼いころから嫉妬と憎悪の対象でしかなかった兄の怒りの表情。
その前に立ちふさがったボルゾイの血にまみれた顔。

もう今は亡き者たちの顔がダリルの頬を緩ませた。
だが、すぐにその表情は掻き消える。

ナサルタリムに与えた始祖の『魔道の書』と共に王宮の奥深くに隠されて忘れ去られていたもう一つの書、『王の書』に記されていた重大なことを思い出したからだ。

(前の神はアルゴールに生まれたのだ。このアルゴールの国内に前の神の血統の者がいたとしても何の不思議もない。
その中の一人がフチにあって、ナサルタリムのいう『特別の力』で欠片に干渉している…ということか)