伸也さんは、私を抱き抱えたまま
「ビビらずんじゃねーよ」
とまた怒った顔をする。
私が見たいのは、その顔じゃない。
さっきの女の人に見せたような、優しい顔が見たいの。
「伸也さん」
「どうした?何かあったのか?」
「何もない」
「じゃあ、こんなことするな」
やっぱり怒った顔のままの伸也さんに、胸がギュッって締め付けられて、これ以上顔を見ていることができない。
私は渡ってきた道路を、もう一度駆け抜けた。
プップーと鳴ったクラクションよりも大きな声で
「亜美、ふざけてんのか!」
と伸也さんに怒鳴られる。
それなのに、緩む口元。
だって、今、名前を呼んでくれた。
伸也さんに名前を呼んでもらうのは2回目。
一回目に呼んでもらった時と今じゃ、私のとらえ方が全然違う。


