海と微熱の狭間で

原野が声を荒げた可純を見て苦笑した。

「わかったから、落ち着け」
不服そうな可純に原野は「な?」と強める。

「…ん」
不承不承に頷いた可純をいとしそうに眺めながら、原野は穏やかに続けた。


「俺は、悠沙の一番はずっと俺だと思ってたんだ」
「……」

「まさかこんな呆気なく取られちまうとは考えてなかったから、すっげぇ堪えた」
「……堪える必要なんか、ないのに」

どうだろうな。原野は笑って続けた。
それは、可純が見たかった人懐っこい笑みだった。


彼は吹切ったのかもしれない。
嵐の如く自分の中で荒狂っていた感情に、見切りをつけたのかもしれない。




「…でもな、おまえなら悠沙を任せれる、なんて思ってる自分に気付いた時の方が、何倍も堪えた」

後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


「いつの間にかおまえを大事に思ってる自分に腹が立った……でもそれと同時に安堵してる自分も確かにいたんだよ」


優しく垂れた目許には、偽りがないことを証明している。
原野が小さく笑った。

「…可純がいいやつだからやんなるよ。やな奴だったらずったずたに潰してやんのに。お前だったら絶対大事に思っちまう。絶対憎めない」

大嫌いなんて言ってごめんな。
原野が申し訳なさそうに頭を下げた。

「ほんとは、逆だよ。唯一、悠沙に相応しいと思った女だからな」
原野は今はもう温もっている手で可純の手を取り、唇に当てた。


「…結婚式の前に言っておきたかったんだ。よかったよ、今日言えて……当日には本当の祝福を言いたかったからな」


可純は原野の手を強く握り締めた。


原野を、失いたくなかった。


「…それは、親友として?」

原野が笑いながらかぶり振った。

「それ以上の、二人を想ってる人間として、だ」

くしゃりと顔を歪めんだのを、自分でも解った。
涙が溢れきて、がむしゃらに原野に抱き付いた。



「…よかった、よかったぁ…」


この、温かな温もりは永遠に手放せそうにない。