海と微熱の狭間で

可純が言葉を失ってしまった理由は、もっと複雑で絡まったコードみたいに苛立つものだ。


「…じゃなくて、謝る…つもりじゃなくて」

ああ、言葉が滅茶苦茶だ。
自分の声が震えているのがおかしかった。


「…じゃなくて…」

可純は考えるのが怖かった。
長年信じて見失わなかった己の思想を、壊してしまいそうだったから。



-原野は可純を友人と思っていないのか?

-なんで

-祝福してくれたではないか。

-同志として、葛城の盾として…喜んでくれたのに……






可純は思考を止めた。
馬鹿馬鹿しくなったのが本音だった。



原野が、大事だ。
それだけを考えれば他はどうでもいい。


思想だとか、そんなもの大事な人にまで使うものではない。

冷静で日常のときだけ使えばいい。
汚して、改めて見失うよりずっとそちらの方が良いではないか。


可純の表情が変わったのに原野が気付いたのだろう。
原野は潤んだ目で微笑んだ。

「ほら、可純はそうやって他人を一番に考える。自分ばっかの俺なんか悠沙に相応しくないんだよ」
可純は違う、とすぐさま否定した。

「違うよ…私だって他人を一番に考えたりしない」

「可純言ってるのは違うんだよ。俺は、縋るやつが自分しかいないことに……受話器越しの涙染みた声に、堪らなく安堵しちまう、くだらない男なんだ…」

原野が拳を握り締めた。
束縛した自分に嫌気をさしているようだった。



堪えきれなくて、

「…なんでくだらないなんて言うの!」
可純は知らず知らず声を荒げていた。
原野が目を丸くする。

「必要とされたら、誰だって嬉しいじゃない。安心するじゃない!」