海と微熱の狭間で

可純は唇のじん、と痺れた感覚に我に返った。


原野が目を伏せてそっと可純から離れる。

二人は罪悪感と、喪失感でいっぱいになった。


「…なんで」
自分でも驚くぐらいの、冷たい声だった。


原野がごめん、と呟いた。
今更ながら、原野が泣いていることに気付いた。



今までの涙とは違うと、解ってしまう。


可純はその涙を見て、少しだけ嬉しくなった。


彼は仮面を外したのだ。
仮面の下では、いつも流していた涙。

それを見れたことが、鈍い痛みを感じながらも、嬉しかった。



「…おれ、お前が嫌いだよ」

可純は胸が抉れるような痛みを感じた。

「…悠沙に、愛されてるお前が、大嫌いだ」
原野の掌が、可純の首筋に触れた。

冷たさに、肩が震えてしまう。

「殺したくなるぐらい、憎かった…悠沙は、ずっと俺だけが一番で、俺も……」

原野の指先に力が入る。
可純は両腕を原野の首に回した。

原野の少し堅い髪が、耳元をくすぐる。


「俺だけが、悠沙の闇を知っても離れなかった…」
原野が自嘲するように笑った。

「…馬鹿だよな。それで自分だけのものになった気がしてたんだ、悠沙のこと」

原野が可純の首筋から手を離し、可純を見つめた。

「俺は、悠沙のことが一番大事で、一番愛してる」

可純はわかってたと言いたかった。
原野が口角を上げた。

「なあ、可純。お前は悠沙を同性愛の対象として見てた俺を軽蔑するか?」


アダムとイブの話を見て、悲しそうに顔を歪めた原野。

可純は今でも、いや前以上に、原野がいとおしい。


そう言おうと口を開いたが、言葉が出なかった。