海と微熱の狭間で

原野が葛城に抱き付かれている可純を見て、悲痛な表情をしたのを、可純は見逃さなかった。

「あ、健司じゃん」
甚が心底嬉しそうに破顔させた。

「…甚さん、お久し振りです」

原野が一瞬の隙にポーカーフェイスを被ったことに可純は悲しくなる。


何故こんな切ない顔をするのだろう。
彼は、何を思い、感じているのだろう。




初めて原野に紹介されたときも切ない表情だった。

見たくないのに。

大事な同じ志を持った愛しい友人の、悲痛な表情など見たくはないのに。


可純は口の中で呟いた。

「…ポーカーフェイスになれてないよ」

「ん?」
葛城が可純を見た。
聞き取れなかったが何か言ったのは聞こえたらしい。

「なに?」

慈しみの表情を滲ませて、自分を見つめている麗しい葛城に、可純はどうしようもなく苛立ちを感じた。


「…いい加減離して欲しいんですけど」

甚も何度も頷いているにも関わらず、葛城は更に抱き締める力を強くした。


可純は眉を寄せる。

解っているのか?
原野が、どんなに悲しそうな顔をしているのか。


「…悠沙、あおいさんが待ってるぜ?」

原野が困ったような笑みを浮かべ、葛城の腕を掴んだ。


「ん、わかった」

葛城は素直に手を離した。
可純はホッと息を漏らした。


「鶴の一声ってやつか?」

甚がぶつくさ呟きながら家に入る。

可純もそれに続くが、僅かに振り返った。


原野と葛城が楽しそうに話しているのを見て、少し悲しくなった自分を窘める。


原野は、ポーカーフェイスを捨てて、本当の笑顔を浮かべていた。