ああ、そういえば。

可純は隣にいる葛城を見て思い出した。
そういえば。
あの日も今日みたいに雨が降っていた。
そして遠くなっていく澱んだ海を眺めていた。


「…ねえ、葛城くん」
葛城は見目麗しい男性だった。
美形の人とは、また一歩二歩と離れているようなすごく端整な顔立ちをしてる。

その葛城のきれいな顔が、今は少し青褪めて見える。


「怖いの」
静かに問うと、葛城はぎこちなく笑った。
図星だな、と可純はおかしくなる。

「あのね、今葛城くんと出会ったときの事を思い出したの」
そう。
イギリスと日本の空を渡ったあの日、彼は今みたいな顔をしていた。
あまりにも顔色が悪いから、おもわず大丈夫ですかと訊ねたぐらいだ。格好の良い人は何となく苦手だから、極力関わりたくなかったのに。

「こうやって私たち二人、席が一緒だったわよね」
葛城はひたすら黙り込んでいる。
まっすぐな視線に窒息してしまいそう。

「私葛城くんと隣同士で、何だかすごく気分が悪かった」
ああ。
「でもね、それ以上に葛城くんが心配だったの」
雨が止んだ。


「離れてしまってからも、すごく」
粉々に崩れて風に舞ってしまわないかと。




葛城はふ、と可純から視線を外した。
鉛色の雲から漏れる、眩しい光に目を細めぽつりと言った。

「日本は晴れてるかな」
漆黒の瞳からはもう恐怖の色は消えていて。
可純は微笑んだ。

「晴れてるよ、きっと」