原野がやっとこさ本当の笑みを見せる。
それはまるで葛城の兄のようだった。


「なら、死ぬ気で可純を引き止めろよ」
原野は机に置いてあった指輪を手に取った。
それを葛城に投げる。
葛城は見事にキャッチする。


「結婚して、可純を束縛したいんだろ?」
ニヤリと原野が口角をあげた。

葛城が僅かに頬を赤らめて原野を睨んだ。


原野はそれを気にも止めず可純にしか聞こえないように耳打ちをした。


「…悠沙はな、可純が好き過ぎて解ってないんだ。自分が、可純にどんだけ想われて…」

言葉の途中で原野が可純から離れた。
正確には「離れさせられた」


「……健司」
葛城が漆黒の瞳を嫉妬で滲ませて、原野を見据えた。

原野が吃驚したような顔で葛城を見た。
そして複雑そうに淋しく笑んだ。


「…前までは俺が一番だったんだけどな」

その言葉に葛城はハッとして原野を見た。

原野がまた笑う。
これは、可純が初めて見る葛城に向けたポーカーフェイスだった。

「…冗談だよ。じょーだん」

可純は切なくて堪らなかった。


「なんて顔してんの。ほら俺トイレ行ってくるから、その間に何とかしとけよ?」

原野が席を立った。葛城が長い睫毛を伏せた。

「…健司、ごめんな」

原野が振り返った。

「何で謝んの」


それを言う原野の表情は笑っていた。
切なそうに、哀しそうに、
けれど、笑っていた。