「子供の頃にね、私ね、幼稚園に通わなかったの。お金が無かったからね。いつも朝になったら家の窓から幼稚園のバスを眺めていたわ。黄色い車体にライオンとかキリンさんとかが笑っていてね、とても楽しそうだった。その頃お母さんは生きていてね、私は寅年生まれだからそのバスに乗れないって言ってた。私は素直にその言葉を信じる素振りをしていたの。違うの、違うのよ音羽君、私、ママが憎い訳じゃないの、知ってたのよ、お金がなった事を私は。だからね私は勤めてその言葉を信じる様にしていたわ。時々ね、薄い、黄色い建物に行ってね、痩せた、浅黒い人に会ってたの。虚ろな目をぎょろぎょろさせてね。私を見て笑うのよ。肌とかはね、ものすごくカサカサしてるのにね、黄色くなってしまった眼球だけはみずみずしいのよ。私はね、背中も見たわ。床ずれが酷くてね。血が黄色く固まってたの。本当よ。本当なの。私その時五歳だったのよ。怖かったの、とても怖かったのよ。それなのにね。そのはずなのにね。私はその床ずれを見てライオンさんとおなじだって言うの。酷いでしょう。ライオンを見せてって言うの。酷いでしょう。音羽君だってそう思うわよね。酷い娘なのよ。そうよ、わかるわよね。それがお父さんだったの。食道癌に侵されててね、髪の毛も無くなってね。とても苦しんでいたの。ある日ね、私は一人でバスに乗って、お婆ちゃんの家に泊まりに言ったの。