「まるで生活感が無いのね、あんたの家、もしかして全員潔癖症じゃないの」
「何だよそれが普通だろ」
香山さんは黒塗りの置時計を覗き込んでいる。
文字盤は金色に光り、それは漆黒の空に浮かぶ月の様に見える。
「知らぬ間に築き上げた常識って怖いわ、あんたの奥さんになる人、一日中掃除してなくちゃならないわよ」
「家の母さんそんな事してないよ」
僕は反論した。
香山さんはそれを無視して新たなるターゲットを見つけて、指差した。

「これはなに?金属製の土瓶?」

また何か言われるだろうと思いながら、「違うよ、サモワール」と言った。

「サモワール?」
「ロシア製の湯沸し機だよ」
「ふうん」と彼女は頷き、「漆黒の置時計と、ロシアの湯沸し機ねぇ。ウチにある物とは質が違うわねぇ」と続けた。

僕は余り部屋中を掻き乱さないように言って、浴槽に行った。シャワーを浴びる為だ。
果たして香山さんもシャワーを浴びるのだろうか。
もし浴びるなら・・・・・・。
僕はよくよく考えてみると女の子を家に呼んだ事が無かった。
もしかして香山さんと・・・・・。
僕は有らぬ妄想を掻き立てて、独りで盛り上がるタイプの人間ではない。
だから、そんな事がある訳ないと自分に言い聞かせた。

僕が浴槽から出ると、香山さんはリビングに居なかった。
二階で何かが倒れる音がした。
僕は嫌な予感がして、自分の部屋に向かった。

「何だかんだ言っても、あなたは私の目から見れば幸せじゃない」
香山さんは僕を見るなり冷静に言い放った。

部屋の中はぐちゃぐちゃだ。
本棚は倒され、机はベットにへたり込んでいる。
床には本とゴミ箱のゴミ。シャツ。ビデオテープ。
撒き散らかされている。