「わかったよ。家に来てイイよ」
しぶしぶ僕はその申し出を認めた。
「なんでそんな嫌そうな顔するのよ」
香山さんがそう言うので、僕は歩きながら子供の頃の話をした。

僕が鍵っ子だった事。

兄弟がいなかった事。

それを両親が不憫に思い、おもちゃを沢山与えてくれた事。

決して遊びには誘わないくせに、露骨におもちゃ目当てに家に来る友達の事。

だから僕は友達を家に呼ぶのがあまり好きでは無いという事。

そんなことを順立てて話した。

すると、香山さんは露骨に怪訝そうな顔をして、「あんたねぇ、何でもオーバーなのよ今の話から推察するとねぇ。
僕は孤独で、感性が豊かで、自分を理解してもらえなくて、あー困った。
下賎な奴には分りっこない。
分かり合えない人ばかりで僕は人を好きになれない。
だから香山さんもあまり家に呼びたくないんだけど、可愛いから仕方がないって聞こえるわ!」

「そんなつもり無いのに」と、僕が返すと、香山さんは「本当に孤独なんて事は有り得ないわ。
良くいるのよ!自分を特別だとか、不幸とか思い込んで自分に酔う人」と言った。
僕は言葉が見つからず、香山さんに「とにかく来いよ」と言った。

家に帰ると、香山さんは部屋を物色し始めた。
リビングには黒い牛皮のソファーやモネの『蓮池』の贋作、ワインクーラーなんて物がある。
これは母の旅行記録の様なものだ。休暇があれば海外に出向き、そんな物を買い漁って来るのだ。
日曜日になれば父はゴルフを、ゴルフでなくても僕らに何も告げずに出向いて行き、母はそれを知りながら素知らぬ顔で見送る。
母曰く、実体の見えない、中年らしからぬ父はかっこいいらしい。
その癖、自宅に掛かってくる無言電話にはヒステリーを起こし歯噛みしている。
恐らくそれは浮気相手だろうと漏らしている。
いつも何かに言い訳をしている。
取材とは名ばかりの取材旅行にしか行動を共にしない夫婦。
職場が同じだからそれも仕方が無いのかも知れないが、息子にすれば不自然極まりない。
愛とは何なのか分らなくなる。