沖岡は鞄から一枚の紙切れを出して、僕達に手渡した。
僕はその紙切れを見詰めながら、にやりと沖岡に笑い掛けていた。

「さんじゅうに・・・・・・」
僕はその紙に書かれている数字を見たままにそう言った。
すると沖岡が、「そう三十二点。確かに確率論はひどいものだったけれども、大丈夫、今からでも間に合う!」むかつく声で言った。

何に間に合うのだ。
こいつらの話は英語で言う目的格が常に無い。
受験では忘れるなと言うくせに、人生においては忘れても良いときている。

僕の心臓は高鳴り。
耳が熱くなり。
鼻腔から砂の香りがして、最後に鼻血が出てきた。
どうして鼻血が出るのか、その意味については全く見当が付かない。
急に鼻腔から噴出してきたのだ。自分の体の事なのに分からないとは曖昧すぎる。
しかしどう考えてもなぜに鼻血が出たのか分からない。
やはり僕は曖昧の中で生きているのだ。

「さ、サイテー、ふふふ」
僕の鼻血を見て香山さんが押し殺した声で笑っている。

沖岡は顔を背けていたが、香山さんに釣られて「く、く、く、くーっくっくっく」奇妙な笑い声を立てている。

僕はソファーを引き裂きたい衝動を湛えながら、鼻血の存在を無視していた。
やがて鼻血は僕の鼻先から顎を伝い、僕の黒いトレーナーに達し、奇妙な光沢を醸している。
僕は体躯を伝う鼻血を目で追い動かなかった。確かな物なんて何も無いのだ。
隣で香山さんが異変に気付いて「音羽君?」何度か言った。
沖岡はハンカチを差し出して頻りに僕に血を拭くように促す。

僕はそのハンカチを沖岡の手から奪い取り、パンツの中に押し込めると、ドラム缶の中に引き込み、鼻血が止まるのを待った。

鈍色の血糊に桜の花弁が張り付いていた。
恐らくは寿太郎二世の物だろう。

僕が引き篭ると、沖岡はターゲットを香山さんに変えて言い合っていたが、会話になっていない。

それはまるで声のブランコだった。