社内随一のリサーチ力を誇る佐久間主任の黒手帳、恐るべし。

ぐずる山田先輩をひと刺しで黙らせてしまった。

一体、何をやらかしたんですか?山田先輩。


そんなこんなで、佐久間主任に連れられて来たしゃれた個室の小料理屋で、緊張感に包まれつつ、ちんまりと座る。

「好きなモン、何でも食べて。おごるから」

佐久間主任が無造作に私にメニューを渡す。


げっ。

高い。

この煮物、私の時給じゃないですか!


冷や汗をタリタリ掻いていると、「お詫びだから、遠慮せずに頼んでいいよ」と佐久間主任。

「お詫び?」

「その花粉症。俺のせいでしょ?」

向かい合わせに座る佐久間主任と目が合い、慌てて視線を逸らす。

「ホント、まさか……だよな」

佐久間主任は足を崩すと、テーブルにふて腐れたように肘杖を付く。

「しかし、奥田さんも人が悪いよな。俺には、『俺は特定の女と付き合うつもりも、結婚するつもりもない』なんて言ってたくせにさ」

「奥田課長が?」

「おいおい。杉原君、君、まだ奥田取締役のこと、『課長』って呼んでるのか?」

苦笑いする佐久間主任の言葉を遮るように、「失礼致します」と給仕の女性が入って来る。

「と、言っても、奥田さんがそう言っていたのは、2年くらい前のことだけど。あ、取りあえず、ビール2本お願いします」

お給仕の女性が部屋から出て行くのを待って、佐久間主任が口を開く。

「つまり、君が入って来る前までのこと」

「私が?」

「君が奥田さんの部下として入ってからというもの良くこぼしてたよ。『あいつは本当に手が掛かる』ってね」

そりゃ、そうでしょっ!

課長は私のこと『試練』呼ばわりしていた位ですから!

課長は鬼で、優しくなくて、皮肉屋で、そして……

「今、思えば、君のおかげだろうな。奥田さん、雰囲気が柔らかくなった」

えっ?!

思いもかけない言葉に驚き、顔を上げる。