珍しく雪が積もっていた。
雪の降る事はあっても、
積もる事は稀だった。


須藤謙一は深々と降る雪を、
車窓から見ていた。
これが非番の時なら、
暖かい部屋で雪見酒でも
楽しんでいただろう。


だが、
今は雪を楽しむどころか、
BGMは警察無線と
サイレンの音だ。


真っ白な雪が、
車のフロントガラスに
降りかかってくる。
その雪をかき分ける
ワイパーの先に、
人だかりが見えてきた。


助手席で腕を組みながら、
須藤は腕時計を見た。
針は午前一時二十分を
指そうとしていた。
「こんな深夜に」
呟く須藤を、
立花紗弥加は横目で見た。




車が現場に着くと、
すぐに警察官が近づいてきた。「ご苦労様です。現場はこの先の公園です」
レインコートを着た
警察官の肩や頭には、
雪が積もっていた。


深夜になり、人通りも疎らな
路地裏の小さな公園。
野次馬はバレンタインデー
のせいか、カップルが大半を
占めていた。
きっとついさっきまでは、
ホワイトバレンタインを
満喫していたに違いない。




須藤は車を降りようと、
運転席の立花に目をやった。
すると立花は、
ハンドルを握り締め、
まっすぐ一点を見ていた。
視線の先にあるのは、
生々しい殺人現場だ。


極度の緊張のせいか、
色白の立花の顔が、
少し青ざめていた。
須藤はそんな立花の横顔を、
厳しくも優しい目で見ている。

須藤にはまだ新米刑事の
立花の緊張が、
手に取るようにわかった。
誰にでも初めてはある。
緊張するのも無理はない。
特に今から足を踏み入れる
のは、悲惨な殺人現場だ。


「立花。お前は初めてか?」
須藤の問いに、
立花は一言「はい」と答えた。須藤は数回軽く頷き、
「まあ刑事をやってると、
避けては通られへん道や」
と言い、立花の肩に力強く
掌をおいた。


「はい」と自らを
奮い立たせるように、
返事をする立花を横目に、
須藤は車をおりた。