今夜は、満月らしい。
暗い冬空には眩しくて、何だか不似合いな感じがした。

そういえば、どこかのアホがこんな事を言っていた。

満月は人を狂わせる。


間違ってはいないのかもしれない。

じっと月を見ていると、何だか、眩暈がした。
吸い込まれそうなほど暗い空が怖くて、部屋を見渡しても誰も居なくて、淋しさに押し潰されそうになる。
俺は、女か。

自分で自分を嘲笑いながら、彼女の声に返事できない自分が、情けなくなった。


「……小夜」

『何?』

「来て」

『……え?』

彼女のキョトンとした顔がすぐに想像できた。
だけど、それもどこか虚ろで。
俺は、鮮明で、今現在の彼女が、欲しかった。

「今すぐ……、来て」

我ながら、弱々しい声だ、と思った。


『もう、何言ってるのよ。来週まで休み取れないって言ったのは、霧弥の方でしょ』

呆れ笑いが受話器から聞こえてくる。

本当、自分に呆れる。


「でも、会いたくなって、小夜に。どうしようもなくて」

女々しいことに、泣きたくなる。

どうして、こんなにも……。


『霧弥、おかしいよ。どうしたの?』

言葉が返せない。

ただ、会いたいだけなのに。
無性に息苦しくて。俺には彼女が必要で。


『……薬、飲んでないでしょ』

少し躊躇って、うん、と答えた。

『飲まなきゃダメだよ。ただでさえ、霧弥は疲れてるんだから』

苦しくて、堪らない。

これは、薬を飲んでいないせいか。

『ちゃんと休んで』


目元がくらくらする。手の平で覆うと、指の冷たさが目の奥まで染み込んで、痛くなった。

「……ごめん、俺、どうかしてた」

『霧弥……』

「じゃ、」

彼女の返事を聞く前に、手が勝手に携帯電話の電源ボタンを押していた。
落としたかのように、力なくテーブルの上に携帯電話を置くと、部屋には、遠くで鳴る車のクラクションの音だけがぼんやり響いた。