あ。と、思った。

反動でつい目を合わせてしまったものだから、私の口は、そこで言葉を飲み込んだ。

前までは、目を合わせる事に何も躊躇いなんてなかったのに。
今では、それすら、辛い。

だって、その目に私は映ってないんでしょ?


咄嗟に目を逸らすと、直海は骨張った大きな手で、私の頭を小突いた。

「やっと、俺の目見やがったな、この野郎」

にやりと笑うと、直海は優しく、懐かしい笑いを零した。つられて私の頬がぎこちなく緩む。


ああ、私。やっぱり、今でもこの人が好きなんだ。


「ほら、黙りこくってないで、帰るぞ」

少し怒ったように顔をツンとさせると、直海は強引に私の手を掴んだ。

「わ、冷たっ! 何、お前、バッカじゃねぇの」

触れる指。伝わる体温が、妙にリアルで。

「触らないで」そう言えない私は、最低で、哀れで、……弱い。

「……こんな所、絵里奈に見られたら、俺、殺されちゃうだろうな」


ねぇ、直海。

じゃあ、どうして、私の手を取ったの?

どうして、わざわざ私を傷付けるの?


……どうして、私は直海の彼女になれなかったの?


「ま、いっか」

直海の口から零れた煙が、風で流れて目に入り、急に、泣きたくなった。


言葉、仕草一つ一つが、私の身体に入りこんで、蝕んでいく。
入れ墨のように直海の記憶が、体温が、身体に刻みつけられていく。

「惚れんなよ」

「うるさい、惚れないわよ」

一刹那のうちに、この手を強く握り返し、そのまま直海を奪ってしまおうか、と何度頭の中で描いたか。

それでも、手を握り返せずにいる私は、ただの馬鹿なのかもしれない。


「本当好きだな、俺の事」


そう言うと、直海は、悪戯っぽくはにかんだ。



―灰色―