「具合悪いんです」
「バレバレの嘘吐くな。馬鹿野郎」
牽制の視線が数秒間続くと、先生は大きな溜め息を吐いた。
「んじゃ、寝てろ」
口許が緩みそうになったのを堪える。
どうせ眼鏡の先はもう机の上に向けられているから意味はないけれど。
ついていないストーブの近くへ椅子を持っていく。
「ここで――」
「黒木、お前な」
「ここが、いいです」
ここの方が先生に近い。先生と話していたいから。
一緒の空間にいるだけなんて嫌だ。
今日が最後の日なのに。
最後の日なのに。
先生は機嫌が悪そうな顔をする。
「具合が悪いなら寝なさい。そうじゃないなら、もう帰れ」
どうしてかな。
もう何十回も聞き慣れた言葉なのに、泣きそうだ。
「……嫌だ」
「はぁ?」
「いつもそればっかり。私、寝たくない」
怒られるのか、追い出されるのか、先生が近付いてきた。
顔を上げられない。
「眠くないなら寝かしてやろうか? 昔々ある所に……」
「もう、そうじゃなくて!」
そうじゃない。
ふざけてるわけじゃないのに。ふざけないで聞いてほしいのに。
部屋全体が静まり返っている。
先生は何も言わない。
エアコンと時計の音だけが耳に入ってくる。
一度躓いたまま、言葉が続かない。
勢いで立ち上がってしまったけれど、ただ突っ立っているだけで、それがかえって気まずさを煽る。
――私は。私は寝るためにきたわけじゃ、
「……なら、早く帰れ」
空気が鋭く尖って、突き刺さる。痛い。
まるで傷口から滲み出た血みたいに、涙が溢れ、流れていった。

