「いえ。聞けてよかったです。Rainができた頃の話とか聞けたし」
「…そう?」
「あの、あたし…」
「…ん?」
「昔の李織さんの音がどんなに素敵だったかは、わかりません。けど、ピアニストの李織さんじゃなくて、Rainのキーボードとしての李織さんの音は、大好きです」
一瞬、ハッとした李織さん。
けれどすぐに、ふんわりと微笑んだ。
「…ありがと。」
そしていつもの微かな笑い方ではなく、照れ臭そうな、ちょっと困ったような顔でニコッと笑った。
これまで見たことのないほどに。
「……」
不意をつかれたのと、その笑った顔があまりに可愛いのとで、ついつい見いってしまう。
「…なに?」
と、思えばすぐにいつもの眠そうな顔に戻ってしまい、あたしは苦笑した。
なんとなく、李織さんにもようやく完全に気を許してもらえたという気がした。
「また聞きたいです、李織さんの音。」
「…そのうちね。」
くああっ、と眠そうにあくびをした李織さんは、ふらりと立ち上がった。
たぶん、昼寝をしに行くんだと思う。
李織さんが寝てしまってから、原田さんにこっそり聞いた。
「左手、もういいんですか?」
「さてねぇ?あいつはあんまりそういうの感じさせねぇからな」
確かに、と思う。
左手に軽いとは言え麻痺があったなんて、全然気付けなかった。
そんな素振りは、一度だってみたことがない。
「でもまぁ、たぶん…治っちゃいないな。」
「…そうですか。」
「麻痺っつっても、ごく軽いものらしい。ただ、繊細な動きは難しいというだけだ。ピアニストとしては致命的だわな」
そうなんだ…。
さっきは軽く言ってしまったけど、無神経だったかな…。

