「…聞きたいの?」
「へっ?」
さっきまで原田さんにしてやられていた李織さんは、いつの間にかあたしの隣に座っていて。
いつもと同じ、眠そうな目でまっすぐあたしの顔を覗き込んでいた。
「えっ、えっと…。聞いても、いいんですか?」
「…別に、大した話じゃない。気になるなら、教えてもいいけど。」
正直、気になっていた。
けど、そんな理由で人の過去に首を突っ込んでいいのかとも思う。
「…言ったじゃん。トラウマとかじゃない、って。もう、昔の話。」
それは、踏み込んで来てもいい、ということ。
あたしは、ゆっくりと頷いていた。
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「…残念ですが、若干の麻痺が見られます。リハビリ次第でピアノを弾けるようになりますが、元のようにというわけにはいきません。プロは、無理でしょう」
俺が、高校3年生のころだっただろうか。
薄暗い診察室で、白衣のよく知らないおっさんに告げられた、冷たい言葉。
絶望だった。
俺は幼い頃からプロになることを目標に、ずっと頑張ってきた。
それが、なぜ。
拳をきつく握りしめ、苛立ちを壁にぶつけた。
こんなことになってしまったのは、些細なことが原因だった。
「何よ、それ。」
「だから、別れよう。」
「なっ、なんでよ!あたし、別れないわ!!」
俺は知っていた。
彼女は、別に俺でなくともいいということを。
ただ俺の顔が整っていて、家が金持ちで、優秀なピアニストだから。
しっているんだ、全部。

