ただ、と思ってしまう。
あたしの知る、甘くて優しい匂いじゃない。
耳をかすめる声も、違う。
抱き締める力強さも、違う。
身体に伝わる体温も、鼓動も。
抱き締められた時のドキドキも。
違う。
あたしが、欲しいのは……。
「…柚?」
心配そうにあたしの顔を覗き込んだ京ちゃん。
その黒い瞳に、泣きそうな顔のあたしが写っていた。
「ごめん、突然」
パッと離れ、あたしはうつむいてゆるゆると首を振った。
「俺を頼れって言ったの、マジだから。朝は無理だけど、帰り迎えに行く」
京ちゃんの真っ直ぐな目に、心臓が少しドキドキした。
「遠慮とかすんなよ?」
“ありがと、京ちゃん”
このまま、京ちゃんといたら。
あたしは、どうなるのだろう。
あの日々を、あの感触を、あの匂いを、思い出にすることが出来るんだろうか。
あたしには、わからなかった。
ただ、今は京ちゃんの存在に心地よさを感じ始めていた…。
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あの珍事件から数日。
今日は日曜日だった。
特にすることもなく、暇なので料理でもしようかと冷蔵庫を開けたら空っぽで。
この寒い中、あたしは近所のスーパーに出掛けた。
…うう、さっむー。
これからさらに雪が多くなり、寒くなると思うと辛い。
なんでこんなに寒いのか、この土地の気候が嫌になる。

