暁くんからもらった、あのぬいぐるみだった。
ずっと気付かなかったけど、鼻の部分を押すと喋る仕組みらしい。
『ワラッテ、ワラッテ、エガオ、エガオ』
最初から設定されていた言葉のはずなのに、どうしてこんなに。
いつの間にか、あんなに苦しかった嗚咽も涙も止まっていた。
頬から落ちた最後の涙が一滴、ぬいぐるみに落ちた。
―――柚、笑って。
暁くん…。
今度思い出したのは、さっきの暁くんではなくて今までの、あたしがよく知る暁くんの笑顔だった。
あれも、あの時も、全部嘘だったの…?
本当の暁くんは、誰……?
わからなかった。
けれど、暁くんの笑顔も、声も仕草も匂いも、みんな大好きだった。
あたしの知る暁くんを、もう一度信じたい…。
あのぬいぐるみをもう一度優しく抱き締めて、そっとベッドに置いた。
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次の日の朝、学祭最終日の為に学校に向かっていたあたしは、気付けば暁くんのマンションの前にいた。
…あたし、何してるんだろう。
こんな所まで来て、ストーカーみたいじゃない。
けれど、どうしても最後に一目見たくて。
そして、知りたかった。
衝動的に来てしまったけど、中に入っていく勇気はない。
最後にお別れの挨拶がしたかっただとか、昨日してしまった平手打ちを謝りたいだとか、自分に都合のいい理由を並べてでも会おうとしている。
未練がましいよね、あたし。
あたしは確かに昨日、暁くんにフラれた。
それは変わらない事実なんだから。