「柚?」




ふわりと漂う、大好きな暁くんの匂い。




「どうしたの?」




もう聞けなくなってしまうかもしれない、優しくて甘い声。








―――好きです。





出てきた言葉は、単なる空気の塊だった。




しかし次の瞬間、はっと我に返る。




あたし、今、暁くんに…




言いたい、けど言ってはいけなかったあたしの罰。




そのはずなのに、気が付いたら衝動的に口が勝手に動いていて。



もしあたしに、声があったなら確実に言ってしまっていた。




あたしこそ、どうかしてる。





「…っ」




「柚…。」




頬に触れようとした暁くんの手が、思い止まったように空中をさまよった。




また、悲しい顔。



…あたしがこんなんじゃダメだ。



今まで暁くんには大切なものをたくさん、たくさんもらって。



最後くらい暁くんの望みを叶えてあげたい。





さまよっていた暁くんの手を掴むと、ポケットにいれていた紙切れをそっと乗せた。





「これ、なに?」




“今度ある、文化祭のチケット。良かったら来てほしいな”




「文化祭…?」




暁くんは虚をつかれたらしく、あたしとチケットを交互に見つめたあと、ふわりと優しく笑った。





「わかった、行くよ。絶対行くから」




暁くんの笑顔に、あたしもつられて笑った。





笑って見送るから。



だから、あたしも諦める時間をください。







しかし、結局ほとんど何もわからないままだと気付いたのは、暁くんの後ろ姿が完全に見えなくなってからだった。