「どういたしまして。いつでもおいで。なんなら引っ越し先が見つからなかったら一緒に住もうか。」
えっ!?
あたしが驚いて固まるのを見て、クスッと悪戯っぽく笑う暁くん。
「ごめん、冗談だよ。仮に本気だったとして、柚と一緒に住んでしまうと抑えられなくなりそうだしね。」
色々と、ね?
艶っぽい、甘い微笑みにクラクラとしためまいを覚えたのは言うまでもない。
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あれから暁くんの家を出たあたしは、一人で夕焼け空の下をゆっくりとした足取りで歩いていた。
暁くんはあたしを送ると言ってくれたけれど、それはなんとかお断りした。
というのも、一人になって考えたいことがあったからだ。
濡れたアスファルトに光る、黄昏の空が眩しい。
「あのね、アイカねぇ、おおきくなったらパパのおよめさんになるぅー!!」
「おお、そうか。それは楽しみだなぁ」
「あらあらー。」
前から歩いてきた家族は、仲良く手を繋いでそんな話をしていた。
仕事帰りらしいスーツ姿のお父さんと、お腹の大きなお母さんの二人の間でその子は幸せそうに笑う。
女の子は、二人のの大きな手を握りしめて。
ご両親は舌足らずな言葉に耳を傾けて、優しい眼差しを向けて。
幸せを絵に描いたような親子像だと思った。
あたしが憧れ、望み続けた家族の形。
でももう、望むのは辞めた。
辞めたんだ。
お父さんは、幸せを手に入れた。
お母さんは、きっと幸せなはずだ。
二人が幸せなら、別にいいじゃない。
あたしはあたしの、幸せを歩いてゆけばいい。
それがどういうものなのかはわからないけれど、どん底の不幸ではないと、信じていよう。
信じていればその内きっと、幸せの方からやって来るでしょ。
…違うか、“幸せを掴む”が正しい表現だった。
あたしは、沈みかけた夕陽にそっと願いをかけた。

