【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐







…ピアノなんて、何年触ってないだろう。




Ariceがあった頃は、家にあったピアノで曲を作ったりしたものだった。





それも、母さんがピアノの先生をしていたからこそなんだけど…。





今も家には、母さんが置いていってしまったピアノが埃を被っている。





勝手に使うのは悪いと思ったけど、我慢出来なくなってそっと蓋を上げて鍵盤に指を這わせた。







ほんの少し力を入れると、ポーンと音が響く。






懐かしい感触だった。






今度は違う指に力を入れる。






さっきよりも高い音があたしの体を突き抜けていった。







…弾きたい。






そっと椅子を引いて浅く座ると、両手を鍵盤に重ねる。





そして体の思うまま、旋律に身を委ねた。






無意識に弾いていたのは、Ariceで一番大好きだった曲。





かつては、気付けば口ずさんでいた曲だった。






懐かしさに、胸が熱くなった。





旋律とともに流れ出るのは、あの頃の記憶。






ただまっすぐに歌に身を埋めて、その世界にどっぷりとはまっていたあの頃だ。