やっぱりその音は、バイオリンだった。左の肩に構えるそれは、茜を照り返して金色に輝く。

その背中に、見とれてた。

少し長めの黒髪、スラッとした体型、高い身長‥そして振り返った、切れ長の細い目。


「誰」


怒ったように尋ねられたその低い声に、ドキンと胸が苦しく鳴って‥


「わっ、」


鉄の扉に体重を預けすぎていたから。


「イった‥」


そのままコケて、


「危ないっ」


また閉まりに戻ってきた扉に、挟まれるとこだった。助けてくれたのは‥


「大丈夫?」


その人だった。私はお礼を言って立ち上がったけれど、その人は私の顔をジッと見たまま止まっていて。その内、プッと息を吐き出したんだ。


「ぷはははははははっ」

「あ、あの」

「あはははははは」

「だ‥大丈夫、ですか」


鉄扉に背中を預けながら、バイオリンを片手に腹を抱えて笑うこの人。どの辺りがこの人のツボに入ってしまったんだろうとか、いつまで笑ってるんだろうとか、オロオロした。


「ぐっかはっ、こほっ」

「わ、」


いきなり咽せ始めて前のめりになったこの人。私は慌てて背中をさする。


「はー、はー‥ありがとっ」


ドキンッ


「なっ、なんで‥笑ってーー‥」


何となく瞳を見ることが出来なくて。ヒラヒラ揺れるネクタイを見てた。それは青だから‥ひとつ、先輩なんだと分かる。


「ごめん。だって、いきなりコケるとか‥っぷ。しかも危うく挟まれるとこだったし」


また腹筋がゆらゆらしだしたらしい先輩は、必死にそれを堪えてる様子だった。


「別に、コケたくてコケたんじゃないですから」


何となく、強気な言い方になってしまう。


「悪かったよ。んで、何で此処に居んの?」


その高い身長を折って、覗き込むように話すのが分かるから。私はコケた恥ずかしさもあってか、ますます顔を上げられない。だから‥


「屋上‥立ち入り禁止」


かなり愛想の無い返事になってしまった。だからかな? 先輩は少し大きく息を吐いて、私たちの間には、冷たい風が通った。


「立ち入り‥しちゃってるけど?」

「え?」

「あーしーもーとっ」

「あ、」


その声に自分の足元を見れば、キッチリ外に出ている私の身体。

どう答えて良いのか分からず、わたわたした私を見て、先輩はまた笑ったんだ。