「‥っく、」


雲が淡く茜に染まり、ひとひらの花が零れゆく。風は春を運んで柔らかに包み、開け放たれた窓からは、校庭に残る生徒たちの声がやけに響いた。

そう‥あの日も同じだったんだ。


がらんどうになった教室。綺麗になった黒板を眺めながら、何を考える訳でもなく‥ただボーッとしてた。

風が髪を撫で、それが煩わしくなって指でよける。それが何度も続いたから、私はついに立ち上がった。

アルミの窓枠に手をかければ、少し冷たい感触が気持ち良い。


「はぁ‥」


そんな短いため息をつきながら、カラカラと窓を閉めていく。‥その時ふと、聞こえてきた音。


「なに?」


もう一度窓を開いて耳を澄ます。


「バイオリン‥」


微かな旋律は途切れ途切れで。でも、夕陽に溶け込むような優しいその音色は、空っぽだった心にスルリと沁み渡ってゆく。

私はその音が鳴り終わるまでずっと、茜が藍に飲み込まれるまでずっと……窓枠に肘を置きながら、聞いていたんだ。


次の日も、その次の日も、その音は聞こえてきた。


「誰が弾いてるんだろう」


週末の休みの日でさえ、耳から離れることがなかった。気になって気になって、眠るどころじゃなくて。


「月曜日‥」


また聞こえたら、音を辿ってみよう。そう思ったら、なんかお腹がキュッてなって、ますます眠れなかった。


小鳥が鳴き、穏やかな日射しで目覚まし時計よりも早く起きる。


「行ってきます」


そう言ったって、返ってはこないのに。


「はぁ‥」


その日の授業なんか耳を素通りだった。存在感さえない私は当てられることもなくて。退屈な頭に廻るのは、あの音だけ。


いつの間にか担任が今日を締め、パラパラとみんなが教室を出て行く。

また私は、何を考える訳でもなく、ただボーッと座ってたんだ。


「あ‥」


そしてまた聞こえてきたこの音。今日こそは‥と、席を立つ。

この音は上から聞こえる。廊下に出てしまえば耳に届かないその音。幸い、上にあるフロアは1段だけだから、端から覗いていったけど……


「居ないや」


もしかして、この上?

そう思った私は、立ち入りを禁止されているはずの階段を上った。重苦しい灰色の鉄のドア。少し押すと‥


「開いた‥」


そして、吹き込む風と共に流れてきた旋律。


「あ、」


--‥見つけた。