君のもの

しばらく、俺がチョコを食べるのを黙ってみていた彼女は何かを閃いた様で、おれに命令をした。


「…そうだ!ね、目瞑って!」

「…なんで。」

「いーからっ。早く早く!」

「‥‥。」



つくづく思う。

何で俺は素直に従ってしまうんだろう。

いつも突拍子もない事を考えついてしまう君、今日はいったい何する気だ?



「んふふ。」



楽しそうに笑い声を零しながら、君が俺に近づいてくるのが解る。

俺の正面で何かしている様だけど、何をしているかまでは見当がつかない。

馬鹿正直にきっちり目を瞑っているからだ。



「…おい、今‥‥」

「しっ!黙って!歪んじゃう!」



確かに今、何が頬をなぞった。



「よしっ!」



“くふふ”と、彼女が悪戯する時に零す独特な笑い声が聞こえる。



「‥‥お前さ、」

「どーぞっ!」


にっこり満面の笑みで渡されたのは、彼女愛用のピンクの鏡で、きっと俺の想像は正解なんだろうと思った。



「はぁ…」



鏡を覗き込むと、そこには見慣れた自分の顔。頬には見慣れた癖のある字で彼女の名前が書かれていた。

その字を指でなぞってみる。



「…これ、油性だろ。」

「うん!」

「落ちんのかっ?」

「落ちなくていーの。ほら、自分の持ち物には名前を書きなさいって小学生の頃言われなかった?」

「‥‥俺はものか。」

「そ、私の!」

「‥‥」


膝立ちで目の前にいる君を、俺が恨めしそうに見上げると、君はさらに顔を綻ばせ自信満々に言った。


「でしょー?」



首をこてんと倒して、悪戯が成功した子供みたいに。



「じゃあ、お前にも書いてやろうか?」



素早く彼女の手からペンを奪い蓋をあけた。



「うんっ!」



ほんの冗談。

本気じゃなかったんだけど…君ときたら、至極嬉しそうに、さも当たり前の様に頬を差し出すもんだから、そんな小さな仕返し心が消えてしまう。



「いーよ、これで勘弁してやる。」

「…んふふ。」



差し出された頬に、自分の唇を押し付けた。

君はくすぐったそうに、目を細めて笑う。

お喋りな君

悪戯する君

一生懸命な君

素直で真っ直ぐな君


そのどれをとっても…
愛しくて、愛しくて。



不安になんかならないで。

名前なんか書かなくったって、既に俺の心は君のもの。

俺の全ては君のもの。