どうして、今ここに?

信じられなかった。

正直、働きはじめてからは男の存在を忘れかけていた。仕事を早く覚えようとしていたし、早く慣れようとしていたから。仕事のことばかり考えていたからかも知れない。絶対に忘れてはいけない存在だとわかっていたのに……。

周りは拳を振り上げジャンプをしている。菜々とは反対側の隣の女が、大きくジャンプをした際にバランスを崩し私の足を思い切り踏んだ。

「あ! ごめんなさい!」

謝ってくる女をチラッと見たが、足を踏まれたことなんかどうでもよかった。満員御礼を見せつける会場内は異常なほどの盛り上がりだ。

私は呆然と立ち尽くしたまま、歌っている男を見つめていた。数え切れない人の中で、私だけポツンと突っ立っていた。

「ねぇ、ちょっと。さっきからボーッとしたままだよ。どうしたの?」

「あ、何でもない」

「つまんないの?」

「そんなことないよ」

「じゃあ、もっと弾けてね。今はバラードだからいいけど」