「え、何?停電!?」
騒いだって、電気の復旧を待つしかない。
目の前から聞こえる絵利香の声で、そう思った。
『落ち着けって、じっとして……ろ』
……ちょっと待て。
前にもこんなこと言ったことなかったか。
『……!』
――――砂希は?
“図書室にも寄りたい”って、言ったよな。
まだ砂希が教室を出てから、長い時間は経っていない。
ってことは、校内にいる可能性はかなり高い。
ガタンッ!!
俺が立ったことによって倒れた椅子の音は、教室の雑音に消えた。
その時。
「どこいくの一夜!」
絵利香に腕を掴まれた。
暗闇にも目が慣れ始めていて、絵利香の腕もそれに掴まれている俺の手首もなんとなく見えた。
『たぶん砂希はまだ、学校にいる』
「それがどうしたの?」
『だから砂希のところへ行く』
放課後の図書室なんて、ほとんど誰もいないだろ。
文芸部は週一でしか活動しないし。
「別にあの人は一人でも平気よ。普段の態度からわかるじゃない」
絵利香の手に力が入ったのが、俺に伝わってきた。
なんでこいつはそんなに砂希のことが嫌いなんだ。
『まあ、そうだろうな』
「でしょ?じゃあ、」
『そう“見える”から、行かなきゃいけねぇんだよ』
あいつは……砂希は。
しれっとした顔で“なんでもない”とか“大丈夫”だとか言うから。
俺が見逃したら、あいつはずっと嘘をつく。
ちゃんと顔を見ないと、それが嘘なのか本当なのか判別できない。だから。
「まったく意味がわからない!」
『分からないのが、普通らしいからな』
いつか砂希に言われた。
見分けられるのが、嘘を見抜かれるのが、普通じゃないと。
それさえも、本当は照れ隠しで言ったんだろうけどな。
どうしてこんな簡単なことが、他人にはわからないのか。
…………いや。
わかるのは俺だけでいい。
「ねぇ、行かないでよ。私を置いてくの?」
絵利香は、俺の腕を引っ張りながら言った。
そういうふうに言われると、ちょっとした罪悪感が。
『ここにはそれなりに人がいるから大丈夫だ』
「そうじゃなくて!」
『お前帰りは車だろうけど、それまでに風で飛ばされるなよ』
「……一夜!」
俺は、さっきよりも力の抜けた絵利香の手を離して走り出した。
もう目は完全に慣れた。
教室の出口までも、迷わずに行ける。
