Fahrenheit -華氏-


村木はわざとらしく咳払いをして


「今はあなたの後任で部長職ですよ」とまた嫌味ったらしく訂正しやがった。


村木とは五十を少し超えた物流管理情報部の部長だ。


俺が入社するまではこの村木が部長になると噂されていて、本人もまんざらではなかったので、よっぽど悔しかったのだろう。


それも新しく部長の席に着いたのは自分の息子のような若造だ。おもしろくないに決まっている。


あれこれと俺を妨害して成績不振にさせ、俺が入社四年目にしてようやく退陣に追いやったわけだ。


晴れて今は物流管理部の部長。


しかし退陣に追いやった筈の若造は、守備よく新部署の部長に就任したので面白くない。


そんな考えがひしひしと伝わってくる。


「どうかされました?」


ヒクヒクと俺の額に血管が浮かび上がるのが分かった。


「いえ。ちょっとどんな様子かと見に来ただけです。あなたが柏木補佐?お噂はかねがね」


村木は口の端でにやりと笑うと、柏木さんをちらりと見た。


柏木さんは相変わらずの無表情で、軽く頭を下げただけだった。


おいっ!見んじゃねぇ!!


俺は柏木さんを隠すようにさっと立ち上がった。


失せろ。お前が見ると柏木さんが穢れる。


村木はそんな俺の様子を見てふっと冷笑を浮かべた。


「あなたもよくよく運の強い人だ。優秀な部下に恵まれて」


「ええ、そうですね。本当に助かってます」


ヒクヒクと引きつりそうな笑顔を浮かべて俺は何とか言い返した。


「柏木補佐がいなければ、結果が上げられなかったでしょうね。本当に悪運だけは強い人だ」


佐々木は自分の名前を挙げられたわけでもないのに、しゅんとうなだれた。


佐々木など眼中にない。そう言われたのが俺にも分かった。




村木は声をあげて笑ったわけじゃない。


あからさまに嘲笑したわけでもない。



でも、何故だろう。


この胃の中からひっくり返えされそうな怒りを覚えるのは。