Fahrenheit -華氏-


「ん~大丈夫。柏木さんが終わるまでここにいるよ?それにこの状況で帰ったら却って事故るかもしれないから、危ないし」


「そう、ですか」


そうは言ったものの、瞼が……重い。


眠けが波のように押し寄せてくる。


カタカタカ……


あぁ、柏木さんのキーボードさばきの音は心地いいな…


落ち着くって言うか、安心する?


キーボードを叩く音が良いんじゃない、柏木さんがすぐそこにいるっていう現実が……


心地いいんだ…





そんなことを思いながら俺は机に突っ伏した。






――――

――


どれぐらい時間が経っただろう。


俺はゆっくりと目を開けると、がばっと起き上がった。


ここ……どこ?


見慣れた景色。俺の電源を入れっぱなしにしたパソコンが目に飛び込んできて額を押さえた。


「ああ、会社…か」


起き上がったふいに、俺の肩から濃いベージュ色をしたストールがずり落ちた。


俺はそのストールを拾い上げて、まじまじと見つめた。


これ…今日柏木さんが白いシャツの上に羽織っていたものだ。


風邪を引かないように、掛けてくれたのかな。


って言うか、俺が誰か他人のいる近くで寝るなんて考えられない。


よっぽど疲れてたのか……


それともよっぽど安心できたのか……





「お気づきですか?」



ふいに声がして、俺は飛び上がるほどびっくりした。