Fahrenheit -華氏-




え……―――?


しかし、遠くの方で話し声と足音が聞こえ、その手はすぐに離れていった。


「ごめんなさい。お手洗い、行って来ます」無表情に答え、瑠華は今度こそ女子トイレへと消えていった。


トイレの前にいつまでも突っ立ってるのはおかしいので、俺は慌てて暖簾の外へ出る。


瑠華……


どうしたって言うんだろう。




名前を呼ばれて嬉しかったけど、


彼女の表情は甘い雰囲気と言うよりも、どこか不安げだった。




話し声と足音が迫ってきたので、俺は名残惜しそうにトイレの方を振り返ったものの、個室に帰ることにした。


個室に帰ると、緑川は前居た場所ではなく、違う場所に移動していた。瀬川と経理の男一人に囲まれ楽しそうにしている。


さりげなく瀬川にボディータッチなんかして、妙にハイテンションだった。


何だってんだよ。と、ちょっと拍子抜け。


「緑川さん、大丈夫そうですね」と佐々木。こいつも緑川の態度を不思議そうに見ている。


そうこうしている間に瑠華も戻ってきた。


こちらはいつも通り低いテンション。


一見。何もないように見えるが、俺達はそれぞれにどこか腑に落ちない何かを抱えて、残りの一時間はどうにも楽しめなかった。