Fahrenheit -華氏-



何だよ…


そんな風に思って俺は緑川の消えていった方の廊下をじっと見やる。


「部長~…部長のカノジョは何人居るんですか?」


すぐ傍で瑠華の声がして、慌てて振り向くと、反対側の通路から瑠華がにゅっと顔だけを覗かせていた。


眉間に皺を寄せ、俺を睨んでいる。瑠華の背後に黒いオーラが見えた。


「わ゛!」


る、瑠華いつの間に!!って言うか聞いてた!?


「これはあの…ですね…」俺はあたふたと手を振った。


別にやましことをしていないのに、妙に後ろめたいのは何故??


「冗談です」


瑠華が無表情に言って、廊下から出てきた。そして緑川の去って行った反対側の廊下を見やる。


「何だか大変そうですね」ふぅと小さくため息を吐く。


「まぁねぇ。あいつも色々あるってことだな。ところで、どうしたの?瑠華もトイレ?」


「いいえ。やっぱりちょっと心配だったもので」


キュン♪ 瑠華、やっぱり優しいね。


「でもついでなので、トイレ行って来ます。部長は戻っていてください」


冷たく言われて、クスンと俺は泣き真似した。


やっぱりクール。ってか冷たい?


でもまぁいつまでも二人一緒にここに居るわけには行かない。誰が来るか分かったもんじゃないし。


そんなことを一人で考えてると、瑠華はトイレの前に掛けてある暖簾をくぐっている。


ってか俺、放置!?


まぁ瑠華のマイペースは今に始まったわけじゃないから、いいけどね…


でもでも…


俺も暖簾をちょっと上げて顔を出すと、瑠華が気配に気づいたのか首を傾けた。


「部長もお手洗いですか?」


「いや。ちょっと忘れ物を」


「忘れ物?」そう聞き返してくる瑠華に、俺はちゅっと軽くキスをした。


「何するんですか!」と彼女が怒り出す前に、「ごめんなさい」と先回りして謝っておいた。


だけど瑠華はそんな俺をじっと見上げてくると、





「啓」




と呟いて、俺の手に自分の手を伸ばしてきた。