Fahrenheit -華氏-



「あたしを綺麗だとか、可愛いって判断してくださるのは素直に嬉しいです」


柏木さんは俺をまっすぐに見上げてきた。


「でも!」


ちょっと眉を吊り上げると、俺の鼻の前に指を突き出す。


俺はびっくりして目をまばたいた。


「あたしは、こう見えても努力してるんですっ。常に意識して背筋を伸ばしてるし、背が低いから10㎝のヒールはかかせないし。


メイクだって髪の毛だって手を抜いていません」


「う…うん…」


力説する柏木さんに俺はたじたじ。


何でこんな話になってるんだろう…


「食べ過ぎない、飲みすぎない。適度な運動に、睡眠。かけるのはお金じゃなくて時間と手間。あたしは努力と手間を惜しまないんです!


女性はね!どんな女だろうが、みんな綺麗になるんですよ。努力次第で何とでも」


そう言い切った柏木さんは颯爽としていて、




やっぱり綺麗だった。




ガシっ!


俺は彼女の両手に自分の手をしっかり重ねた。


「分かる!!俺も!俺もそうだもん!


毎朝髪のセットには時間かけるし、着ていくシャツやスーツもじっくり悩む。そんでもって休みの日にゃスポーツジムへ通って、体鍛えたりしてるから。」


俺の言葉に今度は柏木さんがびっくり。


目を開いて、俺を見上げていた。


「って……比べる対象が俺じゃ、説得力ないか…」


つか俺も何力説してんだよ。


こんなこと…女に言ったのは初めてだ。


大体にして、俺は自分が努力している姿を見られたくない。


何でもそつなくできる男がかっこいいと思ってたから。





柏木さんはゆっくりと瞬きをして、次の瞬間きれいな微笑みを浮かべた。


「……きれいな…腹筋してますものね」


柏木さんは俺から手を離すと、俺の腹をゆっくりと撫で上げた。


ぞくり


と快感の波が俺の足元から頭まで一瞬で通り過ぎていった。