Fahrenheit -華氏-


柏木さんはタバコを一口吸い、俺の方をゆっくりと見てきた。


「過去形です」


きっぱりと言い放った言葉に、嘘や隠し立てはなさそうだった。


まぁ俺に嘘をついてもしょうがないんだけど……


ちょっと視線を険しくさせると、柏木さんは再び口を開いた。


「あの人は嘘ばっかり。好き、も愛してるも、ずっと一緒に居たいも全部嘘。結婚して1年も経つとそんなこと言わなくなった」


意外だった。


ドライ過ぎるほど乾ききっている柏木さんが、そんな言葉にこだわり、惑わされるなんて。


でも柏木さんもやっぱり女の子なんだなぁ。


そう言うの言われて嬉しい、って感じるんだ。


「それなら最初から言わないで欲しかった。でもあたしは好きだったから、何とかあたしの方を見て欲しくて、彼の好みの服装もしたしメイクや髪型だって一生懸命合わせた。


彼が喜んでくれるように、って」


ちょっと羨ましいぜ、M。


俺だったら、そんな風にがんばってくれる柏木さんを他の男に見せずにずっと閉じ込めておくのに…


ってか、俺の考え危ねぇな。


と言うか、柏木さん意外と尽くすタイプなのね。それにびっくりだけど。


俺は頬杖をついて彼女の話に耳を傾けた。


「あたしが一生懸命彼の好みに合わせようとしてるのに、あの人はあたしがして欲しい格好をしてくれないんですよ??自分の考えを押し付けるだけで。

まぁ嫌になったのはそれだけじゃありませんけど」


小っちゃいことと言ってしまったらそれまでだ。


それは男の意見。


けど、女性にとっておしゃれに関する意見の相違はやはり死活問題に繋がるらしい。




柏木さんとMの中に入った亀裂はまだまだ深そうだ。


俺は運ばれてきたジンリッキーに口をつけて彼女の話を促した。