Fahrenheit -華氏-


やっぱ聞くんじゃなかったな。


苦い後悔を噛み締め、それでもいずれかぶつかる壁だ、それがちょっと早かったことだ、と自分に言い聞かせるしかなかった。


冗談抜きで気持ち悪くなってきた。


喉のすぐ近くまで胃液がせりあがってくる。


「ごめん、ちょっとトイレ……」


俺は柏木さんに断りを入れると、店の外のトイレに向かった。


バーを出て、すぐ奥に洗面所がある。


さすが高級ホテルだけあって手入れが行き届いていた。


綺麗に磨き上げられた便器に向かって俺は胃の中のものを吐き出した。苦しさに顔を歪める。


気分は最悪。


思えば酒に酔って吐くなんて、いつぶりだろう。


若い頃はそれなりに無茶な飲み方をしたから、酔って吐くなんてしょっちゅうだったけど、さすがに社会人になると酒の飲み方も覚え、そんな失態をせずに済んだ―――筈だった。


個室を出て、洗面台で口を濯ぐと、鏡に青ざめた自分の姿が映った。


「ひっでぇ顔。なさけねぇ」


思ったより堪えた。


柏木さんの内側にあるものを知ってしまったことに。





だけど





立ち止まってはいられないんだ。





俺は乱暴に顔に水を浴びると、両頬をパンっと叩いた。





後ずさりしたくなる自分に、「しっかりしろ!」と渇を入れるつもりで。