Fahrenheit -華氏-


柏木さんは俺と違ってプライベートと仕事をきっちり分けられる。


機嫌の良し悪しで態度を変えることもないし、プライベートの私情を仕事に一切持ち込まない。


まぁ、プライベートでも変わらず低いテンションだけど…


でも


彼女は仕事、もしくは仕事絡みになると自分のことを「私」と言い、プライベートのことや深い話をするときは「あたし」になることを最近知った。


意識しているのかどうか知らないけれど、心のどこかでそうやって線引きしているのは確かだ。




柏木さんは



悩んでいる―――?






週の最後の仕事を終え、エレベーターで一階に行くと、丁度裕二が帰るところと鉢合わせた。


「お疲れさん」


「よっす」


そう言えばこいつと顔を合わすのも久しぶりかも。


思えば桐島の結婚式以来だ。


「今帰り?送ってってやるよ」


俺は車のキーをちらちらと裕二の前にぶら下げた。


「……いや、いい。歩いて帰るワ」


裕二はちょっと疲れたように顔を伏せて小声で言った。


「あ、そう?何だよお前。疲れてンのか?元気ねぇな」


「ああ、まぁ…」


とこれまた歯切れの悪い返事が返ってくる。


まぁ男同士だし?それ以上は詮索しないけど。


「んじゃ俺帰るワ」


「おう。……啓人、最近どうよ?」


「どうよ?って?」


脈絡のない会話はいつものことだったけど、今日の裕二は何だか違う。


ただ単に仕事で疲れてるって感じ―――じゃ、ねぇな。