Fahrenheit -華氏-



俺の言葉で騒然となりかけていた場がまた一気にしんと静まり返った。



「67億人と言われる地球上で、たった二人が出逢えたことは奇跡で……。その奇跡の中、苦しいことや辛いことを乗り越えられた二人だからこそ。


そんな二人に“結婚”というのは神様が与えてくれた幸せな最終的な試練だと俺は思います」


宴会ホールはしんと静まり返っている。


俺の言葉だけが静かに反響していた。


主賓のスピーチにこんなのが許されるのか?


だけど、俺は“外資物流管理部 神流部長”という肩書きではなく、桐島の一友人“神流 啓人”としてあいつに言葉を贈りたいんだ。


そしてこの言葉が柏木さんにも届けばいい、と思っている。


そんな思いが伝わったのか、暗がりの中の彼女の白い顔にちょっと笑顔が浮かんだ気がした。


「よく言うではありませんか?楽しいことは2倍。辛いことは半分と。でもこれからは、分かち合ったり、別け合ったりするのが二人にとってこれから3倍や3分割になるわけで。


新しい命の誕生を俺は心から祝福いたします」


マリちゃんの方を見ると彼女は今にも泣き出しそうに眉を寄せ、ちょっとお腹の辺りをさすった。


「幸せは届かないと思っていても案外手の届くところにあって。意外に身近にあるものなんです。


二人手を合わせれば簡単に触れられることであって、どんな苦難が待ち構えていようと決して手を離さなければ、いつだって幸せになれるんです。


これも全部ある人から教わりました。俺の言葉はその人の受け売りですけれど、その人の言葉をしっかりと受け止め、二人に送りたいと思います。


だから桐島、マリちゃんの手を絶対に離さないよう。

そしてマリちゃん、桐島の手を決して離さないよう。


これから二人で頑張ってください。


以上を持ちまして、私の祝辞とさせていただきます」



俺はがばっと頭を下げた。


どんな反応が待っているのか、正直怖い。


でも俺は間違ったことを言っちゃいない。


胸をはって退場しようと顔を上げたとき。


会場の隅の方……柏木さんが立っているところから、


パチパチと小さな拍手が起こった。