Fahrenheit -華氏-


「その女に、恋をした?」


紫利さんは探るような、試すようなちょっと複雑な視線で俺を見てきた。


「恋……ねぇ…」


曖昧に頷くと、俺は短くなったタバコを灰皿に押し付ける。


その事実が嘘であって欲しい、頭の中から消したい。


そんなちょっとした願いを込めて…


でも俺の芽生えた恋心は急速に成長して、最早俺の中ではどうしようもなく大きく育っている。


育っても……


決して愛してはくれないのに……


「もう諦めたような顔してる」


紫利さんはちょっと面白くなさそうな顔で言うと、バーテンに「ミモザ」と告げておかわりのカクテルを頼んだ。


「諦めるしかないんだよ…」


「どうして?既婚者なの?」


「…………いや」


そのわけを話すつもりはなかったのに、何故だか俺の口はよく喋った。


やけに饒舌になるのは、すきっ腹にアルコールが入ったせいだろうか。


それともこの行き場のない気持ちを誰かに理解してほしかっただけなのか。


それともただ単に……誰かに話を聞いて欲しかっただけなのだろうか。


くしくも紫利さんはその道の元プロだ。


くだらない男の戯言を聞いてくれるにはうってつけだったのかもしれない。


「好きにならないでくださいね」このこともきっちり説明して、一通り聞き終えると紫利さんは、ふぅとちょっと色っぽくため息を吐いた。



運ばれてきたミモザに一口口をつけると、シャンパングラスをトンとテーブルに置いた。