Fahrenheit -華氏-


ドライヤーを借りて髪を乾かし、服に着替えると俺は早々に立ち去ることを決めた。


本当はまだまだ一緒に居たかったけど、きっと柏木さんの方がそうじゃないから。


これ以上彼女のプライベートに入り込むのは悪いと思ったんだ。


大人の男女には引き際も大事だ。


靴を履きながら、柏木さんは俺の背中に向かって声をかけた。


「部長」


俺が振り返ると、柏木さんはバスローブの前を合わせながらちょっと笑った。


笑顔に少し……棘を感じた。


何を言われるのだろう、俺何か粗相をしたか?と首を捻った。


「今度奢ってください」


「何だ、そんなこと…」


俺はほっとした。


「何でも言って?でもできれば回転寿司じゃないところ希望だけど」


柏木さんはゆっくりとした動作で腕を組むと、ちょっと口の端を上げると、


「臨時収入がありましたものね」とちょっと色っぽく呟いた。


「へ?」


何のことを言われてるのか分からなくて、俺はぽかんと口を開いた。


「賭け金です。麻野さんに勝ったでしょう?」


そう言って指でピースサインを作った。


いや、指は確かに二本立ってたけど、それはピースではなく





数字の二を―――




意味していた。