Fahrenheit -華氏-


柏木さんは小さく吐息をつくと、額に手を当てた。


「普通しませんよ。挨拶で口には」


え?


「そうなの!!?」


「当たり前です。そんなことも知らなかったんですか?」


俺はふるふると首を横に振った。


相変わらずきっつい一言だったけど、俺はそんなの気にしてない。


唇のキスは―――挨拶でしない!!?


裕二のバカーーー!!!お前が変なこと言うからっ。


でも!ってことは、俺は柏木さんにとって特別ってこと!!


「部長は英会話を習う前に、もう少し向こうの常識を知った方がいいですよ」


そう言いながら、柏木さんは立ち上がった。


小さくなったタバコを灰皿に押し付ける。


何とでも言え。


俺は今、猛烈に嬉しいんだから。


「Romeo Must Die」


喫煙ルームを出て行くときに柏木さんが俺を振り返ってぽつりと漏らした。


「え?ロミオマストダイ?あのジェット・リー主演のアクション映画??」


何を言い出すのか…


「あれ、訳すと“色男は死ね”って言う意味なんですよ」


唇の端にちょっと笑みを浮かべて柏木さんは出て行った。


「か、柏木しゃん……」


俺は情けない声を出して、柏木さんの後ろ姿を目で追うことしかできなかった。