Fahrenheit -華氏-


タバコを吸う柏木さん。


白いフィルターに赤いグロスがついているけど、それがまた色っぽい。


綺麗に手入れされた指で挟まれたタバコも、赤い唇から吐き出される煙も、唇の中央よりちょっと右よりで吸うその仕草も……


全部が完成された彫刻のようだった。


「……あの…何か?」


俺があまりにじっと見つめていたからかな?柏木さんはちょっと訝しむようにして俺を見た。






「柏木さん。キスしよ?」





柏木さんはちょっと固まったように目を開いた。


まるで柏木さんの時間が止まってしまったように。


「か……」


俺が声を掛けると同時に、


「はぁ!?」


と俺の聞いたことのないような素っ頓狂な声が返ってきて、俺の方がびっくりしてしまった。


「……失礼しました」


慌てて口を噤む柏木さん。


いやいやいや……それにしてもびっくりした~。


「俺、何かまずいこと言った?」


俺の問いに柏木さんは、ちょっと目を細めると俺を軽く睨んだ。


「何考えてるんですか。ここは会社ですよ。不謹慎です」


出た!“不謹慎です”。


良かった~~資料室で続きになだれ込まなくて。


じゃなくて!


「いいじゃん。誰もいないし、しゃがんでるから外からは見えないよ。アメリカでは挨拶みたいなもんでしょ?」


俺はのんびりと言った。なるべくがっついてないように。


でも柏木さんはまたも目を開いて、今度は小鳥のように目をパチパチさせながら俺を見た。