Fahrenheit -華氏-


しかし、ものの数十分もするうちに俺は違うことに気を取られ始めた。


柏木さんの唇は、いつもは淡いピンク色の口紅なのに、今日はちょっと濃い目の赤っぽいグロスを乗せている。


服装に合わせてだろうか。


全体的に今日は綺麗系……というより何かエロい……


う゛~~~!!キスしてぇ。


もんもんと考えていると、


「ちょっと失礼します」と柏木さんがブランドもののシガレットケースを手に取り、席を立ち上がった。


チャーンス!!!



「部長、この前の書類ですが」


佐々木が話しかけてきたが、そんなこと耳に入らなかった。


俺は慌しく立ち上がると、


「また後で!」と言い残し、柏木さんの後を追った。


一足早く喫煙ルームに到着していた柏木さんはタバコに火を点けている最中だった。


運よく喫煙ルームには誰もいない。


柏木さんは相変わらず床にしゃがんでいて、俺が入ってくるなりびっくりしたように目を開いて俺を見上げてきた。


「…どうしたんですか?そんなに急いで」


「や。俺もヤニ切れ」


苦しい言い訳をしながら、曖昧に笑った。


俺はシャツのポケットからタバコのケースを取り出すと、一本取り出し火を点けた。


「柏木さんていつもタバコ吸うときってそのカッコ?何で?」


と笑いながらさりげなく、柏木さんの横に同じようにしてしゃがみこむ。


「何となく。深い意味なんてありませんよ」


ははっと空笑いしながら、俺は柏木さんの横顔をそっと見つめた。