Fahrenheit -華氏-


部長の高い身長はあたしをすっぽり覆い隠す。


間近に迫った部長の体から背中を伝って彼の体温を感じる。


彼の香りを感じる。


ファーレンハイト。


部長が愛用している香水。


あたしはこの匂いが嫌い。


「部長……」


あたしは前を向いたままそっと呼びかけた。


「ん?」


「近いです」


あたしは顔だけを振り返らせると、彼を見上げた。


「あはっ。ごめん、ごめん」


本当にごめんと思っているのかしら。


それでも部長はぱっと離れる。


同時にファーレンハイトの香りが遠ざかる。






嘘。




あの香り本当は……大好き。



忘れられない香り。



さっき、ファーレンハイトに包まれているような感覚だった。


部長に抱きしめらるような感覚だった。