俺はベランダで煙草を吸いながら、昨日の女が消えた大通りの方を見ていた。
何回か女に泣かれたことはあったが、死ねとまで言われたことは初めてだ。
寝ている時は大人しそうに見えた表情とは裏腹の、ストレートな感情表現に俺は新鮮味を覚えた。

携帯がまた鳴っている。原からの着信音。昼ちょうどくらいからもう4度目だ。
今日はミーティングで11時に事務所の予定だったが当然の如く行く気は皆無だった。
また不器用な愛想笑いを浮かべた原が言い訳がましく取り繕いながら、
細い仕事の話をされるのが目に見えている。
俺はベランダの排水溝の横に放置されたすすけた空き缶の淵で煙草を消し、吸い殻を中へねじ込んだ。

「・・・腹減ったな」

考えてみればここ2日ろくに何も食べていない。
女が去ってから、俺は部屋に戻って眠りこけた。
今朝(というか昼)目覚めたとき、全身のだるさは大分解消されていた。
しかし冷蔵庫の中はビールとソーダ水。キッチンには焼酎の瓶と、使いかけの料理用赤ワイン、
誰かからの土産の泡盛が置いてあるばかりで、空腹を満たしそうなものは何もない。

リオのトマトソースのパスタが食べたい。胡椒の辛さとトマトの酸味で、余計な味がひとつもしない味。

そう思って携帯を取るも、目の前の散らかった部屋、断られた仕事、昨日の女、
そしてあの女の言う通り最低な――約束を破って仕事をサボり昨日と同じ服を来ている自分。
好きな女に合わせる顔はどこをどう探しても見当たるはずがない。

俺は財布から小銭だけ取り出し、一番手前に転がっているエンジニアブーツを履いて部屋を出た。