「あんたみたいな奴、本当嫌い。間違っても寝なくて良かった!」

男はだるそうに長い前髪をかき上げた。大きな目を細めて、白いワイシャツのボタンをひとつ外した。

「面倒臭い女だな。黙ってりゃかわいいのに」

一瞬ポカンとしたが、男の目に慈しみの感情が全くないのを察知してわたしは玄関に向かった。
一刻も早くこの部屋と、この感じの悪い男から離れたい。

「どうもお騒がせしました!」

玄関には男の靴が所狭しと散乱していた。
一瞬自分の靴を探しかけたが、車内で裸足でいたことを思い出し、そのまま外へ出た。
廊下のコンクリートはひんやりと冷たい。
男がわたしを一瞥してから、煙草のフィルムを開けるのが見えた。
わたしは乱暴にドアを閉める。覗き穴に、直径2センチくらいのサッカーボールのシールが貼ってあった。

当たり前だけれど車のドアのロックは開いていて、わたしは何か取られてやしないかとくまなく車内を見渡す。
キーはきちんと差さったまま、骸骨のキーホルダーが揺れている。
後部座席のエフェクターケースも、シールドも、足下のわたしのバッグもちゃんとある。
運転席の下に転がったままの履き潰したVANSのスリッポンの踵を踏んでエンジンキーを回そうとしたとき、
男がマンションのエントランスから出て来た。

「何?まだ何か用?」

キーチェーンを手に持ったままじゃらじゃらと音を鳴らし、男は車の後ろに目配せをして首を傾ける。
ジープの後ろに白く、高そうに光るバイクが止まっている。

「早くどけろよ」

もう少し違う言い方出来ないわけ?わたしは頭が沸騰しそうだった。

「わかってるわよ」

男を睨みつけ、思いきりハンドルを左に回し、アクセルを踏み込む。
ブオン、とすごい音して車体が揺れる。

「死ね!」

急発進する車から男にそう吐き捨てると、男はフッと、不思議な笑いを浮かべた。変な奴。
路地を曲がる前にバックミラーで男を確認する。
男はバイクに乗り、私道へ入り見えなくなった。
乱暴にカーステのスイッチを押しMDを再生すると、
昨日赤ワインを飲みながら聴いていたラモーンズが爆音で流れる。

苛立つ気分を吹き飛ばすように、わたしはジョーイと一緒に叫んだ。