クロトラ!-妖刀奇譚-



再び月がかげった。





しばし奪った刀をもてあそんでいた少女は、ふと何かに気づいたように橋の向こうを見た。


右手がそっと柄にかかる。








視線の先は店と店の間の狭い路地。
そこは、無明の夜の中でことさらに深い闇をはらんでいる。



風が騒ぐ音、虫の音、水音…真夏の夜のざわめかしさの中で、少女の耳は常人にはとらえられない気配を聞いていた。







――何かがいる。










まるで虎か獅子でも潜んでいるような気配だった。



――明確な殺気なら人と分かる。逆におびえる気配も人のものだ。


しかしそこにいる何かは、ただじっとこちらを見ている。いや、ただ見ているのではなく、そこにかすかな殺気を秘めている。

敵意を包み隠してそれと知れないようにしている。






まるで草陰から獲物を狙う虎のように。










――しかし、いくら待ってもその虎は動かなかった。




それでも少女はそこを動けない。
動いたら、敵も動く。








弓弦のようにはりつめた両者の頭上で、また月がゆるゆると姿を見せ始めた…