綾菜はふらふらと近づいた。

 目の前にいるのが、男性ということなど頭からすっかり消えている。

「王子だぁ」

 視線の先では、久我がワイシャツとスラックスのまま、ベッドカバーの上で寝息を立てている。

 しかも、くまのぬいぐるみを抱きしめて。

「どうしよう。触りたい。撫でたい。すりすりしたーい」

 自制心を持てと理佳からは口を酸っぱくして言われているが、可愛いものを前に理性を保つのは不可能。

 綾菜は、久我のベッドにぺたんと座り、端正な顔を覗きこんだ。

「タイトル――くまを抱く王子? あーん、メルヘンすぎて泣きそう」

 半開きになった艶っぽい口元

 第二ボタンまで開けたシャツから見える鎖骨。

 大きくて節ばった手。

 男性フェロモン全開なのに、くまのぬいぐるみが乙女フィルターとなって、綾菜を現実から遠ざける。

「触ってみてもいいかな? ちょっとなら、いいよね」