「オマエ、母親いないのか? 悪ぃ……」
デリケートな話を振ってしまったと思ったのか、久我は顔を曇らせた。
綾菜は慌てて声のトーンをあげる。
「気にしないでください。ずっと前のことなので。ジュニアスクールに入る前にはもう亡くなりました」
「そんなに早く……」
ああ、同情されている。
叔母や友人に先生、それから父親にも一応は愛されている自信がある。
片親がいないことくらいで、可哀想と思われるのは嫌。
「私には叔母さんもいたし、同情されるほど不幸ではないですよ」
「叔母さんと暮らしていたのか?」
まだ、聞く気らしい。
気遣われないよう明るく身の上話をするのは、意外と骨が折れる。
「母が生前に決めていてくれたので、ジュニア入学の七歳から全寮の女子校に入っていました。」
「……父親から援助とかは?」
「母の信託財産があるので、生活は大丈夫なんです」
答えて、綾菜はふと疑問が浮かんだ。
「私、父の話をしましたっけ?」
